「声さえあれば、みなそれぞれに見合った歌を歌うのさ」
「声さえあれば、みなそれぞれに見合った歌を歌うのさ」
毎日使うパソコンのマウスパットは、アメリカ製の表がクロス張りのスポン
ジ状で滑りがよく、すこぶる使い勝手がいい。表面にはルノワールの『舟遊び
をする人たちの昼食』が印刷されていて、テキスト入力に疲れた目を休ませて
くれます。読者の皆さんの部屋や身辺にもルノワールの複製画の1枚や2枚、
きっとあると思うのですが、没して82年を経た今も、ルノワールの人気は衰え
を見せていません。
ご承知のとおり、ルノワール(1841〜1919)はフランス近代絵画の巨匠で、
豊かな色彩を駆使して官能美あふれる人物像を次々と描き、当時、パリ画壇の
印象派の中心的存在でした。ルノワールが陽だまりにいるような絵を描いてい
る時代は、世紀末デカダンスの19世紀から第一次世界大戦、ロシア革命が起こ
る20世紀初めの混沌とした激動の時。
この時代に世界の文化の中心地と呼ばれたパリで、『陽を浴びる裸婦』『ム
ーラン・ド・ラ・ギャレット』『シャルパンティエ夫人像』『テラスにて』『浴
女たち』を描いていくのですが、こうした作品は単に印象派の巨匠が描く清新
な作風、豊かな色彩、あふれる官能美……といった、言葉に置き換えて説明し
きれない人間観あるいは世界観が見られます。
ルノワール当人は、目にしたものを描いた結果が、観ていてうっとり心をさ
らわれるほどの色使いとなります。『ムーラン・ド・ギャレット』や『舟遊び
をする人たちの昼食』を観ていると、今にも画布の奥から人々の歓声が聞こえ
てきそう。
そのルノワールの晩年は、リウマチや息子2人の戦争による重傷もあって、
いっそう美の世界にのめり込み、健康な生命感の躍動する有名な“浴女たち”
シリーズに取り組んでいきます。
本誌のコラムでなぜいきなりルノワールかといいますと、最近、ルノワール
が語った「声さえあれば、みなそれぞれに見合った歌を歌うのさ」(『RENOIR』
日本経済新聞社刊・小勝禮子訳)を見つけたので、皆さんにもご紹介しようと
思ったからです。
2001.1.30